冷たくなった遺体のほほを撫でる。
青黒くなった出血の痕が残るほほを、少しでもやわらげるかのように手でさすった。
枕経でのこと。
僕は棺の中に横たわる女性の遺体に語りかけていた。
毎月二回くらいは会っていたのにね。
僧侶をしてるとはいっても、心の準備ができてなかったよ。
事故で亡くなるなんてね。。。
びっくりしたよ。
これほど周りに重い空気を感じるものはないから。
過去の僕なら、葬儀にできることなら行きたくないって思っていたんだろうね。
でも、今の僕はその空気を浄化することができる。そんな脈絡のない自信を感じながら、今日は来たよ。
だけど、悲しいな〜。
寂しいな〜。
前日の夜19時半頃だっただろうか。
うちの寺の電話がなり、事故にあい重態なのでご祈祷してほしいという連絡がご家族からあった。
僕は子供にお風呂に入れようとしたところだったけどそれを妻に任せて、お札を書いて僧衣に着替える。
とにかく急いだな〜。
でも、いざ御祈祷に入ろうと印を結びかけた時に、父から「もうダメだったそうだ。いい具合にお別れをしておいてあげて」と伝えられた。
僕はそれでもまだ二十四時間以内なら脈が戻るかもしれないし、あきらめずに祈りを届けたいって思いながら、最後まで体の回復を祈ったんだけどね。
次の朝に今度はお葬式のお願いの電話があって、やっぱり寿命が尽きたことを改めて知らされちゃった。
今度はあきらめて認めざるをえなくて、ガックリきた。
この身体健全、当病平癒のお札は、お棺の中に入れとくね。
お通夜の読経は不思議な感覚だった。
狭いうちにぎゅうぎゅうに詰まったみんなで声を合わせた光明真言がね、とても温かくてね、ほんとにお棺ごと光で包まれるような感じがした。
その時にね、ある昔の法事の光景が思い出されたよ。
あの時はまだ親戚のヤスオさんも生きていて、真っ赤な顔して冗舌に僕に質問してきたりして。
タカオさんたちは「田園」がやっぱりうまいだのなんだのお酒談義に花が咲いていて。
ヨシタカさんはまだ髪がふさふさだったな。今知ったばかりの法話の言葉を今度の結婚式のスピーチで使わせてもらおうとか言ってた。
ヨシタカさんの弟さんはこのフキノトウ味噌は自分が作ったのだからぜひ味を見てと僕に勧めてきて、僕はそれを美味しい美味しいって食べてた。
そんな親族の人たちに囲まれて、その中心でニコニコと笑っていたA子さん。
まだお坊さんになりたての頃のことで多分遠い記憶。
それなのにあれ?
なんでこんなに鮮明に僕は思い出してるのかな?
もしかしてあなたが今見せてくれてるの?
あの時は楽しかったね。
雨が強くて、御墓参りが大変だったね。
あ、そうそう。
一緒に高野山団体参拝へも行った。
1日目の夜は高野山の宿坊で静寂な夜を過ごすんだけど、2日目の夜は下界の観光ホテル。
お寺対抗カラオケ大会みたいなのがあって、善住寺の代表として歌ってくれたね。
ほんとに歌のとても好きな人だった。
それから毎年のお盆の棚経に行くといつもケーキを準備していてくれる。
僕はここが休憩スポット。
甘いものを食べてまた元気出していこって思えてたな〜。
読経が終わり、みんなが念仏を唱えている間に、僕の脳裏にいろんな思い出が浮かんでは消えていく。
今回の顛末。
カラオケした後、ケーキを買いに行った。
それが最後。
棺の横に置かれたままのケーキの箱には、おそらく中身がそのまま入っているのだろう。
悲しい。
やり切れない。
でも、この最期の姿を見てさ、人生の全てを悪かったかのようなニュアンスで言う人もいるけどね、そんなことないって強く言いたい。
家族の覚悟ができた中で眠るように死んでいく人と、思いもよらず階段から足を踏み外して呆気なく死んでいく人とがいるとして、死のなにが変わるというんだろう。
そっちがよくて、そっちは悪いなんて、思い込みなんじゃない?
僕はあなたの死を祝福したい。
僕はあなたの人生を輝かせたい。
「いい人生だったね」って。
カラオケにケーキ。
僕のあなたに対するイメージとおんなじ最期の瞬間。
なんかあなたらしいなって僕は思っちゃった。
もちろんこれは僕の思いで、遺されたご家族には少々不快に思われるのかもしれない。
でも、親近感あふれるあなたと僕との間柄だから、それをみなさんへの法話にさせていただいた。
言葉を繋ぎながら泣きそうだったけど、なんとか頑張ったよ。
もう86歳にもなっていたんだね。
馴れ馴れしい言葉遣いで、失礼いたしました。
あー、毎月のお参りにあなたの姿がなくなるのは寂しいな。
あーそれに、御詠歌の声も聞けないんだな〜。
あーそれに、来年の夏は、ケーキがないんだな〜。
あーそれに、、、
あーそれに、、、
あー。。。
そして次の日、僕は引導をお渡しした。
あなたの最期を見届けることができて、僕は本当によかった。
さあ、お帰りください、阿字のふるさとへ。
大いなるいのちのふところへ。
山地 弘純
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