神戸新聞の一面に「こころの復興とは」という全七回の記事が掲載されている。
12月19日の第二回に目を通しながら、やっぱりそうなのかと再認識した。
「心のケアは人気がない」
「東日本大震災では避難所で『心のケアお断り』の張り紙が張られた」
「被災者の苦しい心の扉を開けるだけ開けて帰る人もいた。誰がフォローするのか。無責任ではないか」
これを読んでショックを受けたということはない。
なぜなら8月のスピケア講習で、黒田裕子先生に教えていただいたことそのものだったからだ。
心のケアは必要だが、ケアを強調しないこと。いや黒田先生は「口にしないこと」とおっしゃった。
そして「心だけと見てるのは意味がない。LIFE、その人の暮らしを見て」と。
実際に掛けてはならない言葉も学んだ。
「お気持ちはよくわかります。」
「頑張ってください」
「お子さんのためにも元気になって」
「あなただけじゃありません。他にも同じような人がいる」
「命が助かっただけでもよかったね」
同期生だが10才以上年上であり、広島の若手僧侶たちのリーダー的地位にある猪さんがつぶやいた。
「これは被災地に僧侶の若いもんたちを連れていけない。だって大事故になるのは目に見えてるもんな」
僕もこのタブーといえる言葉の中から、かける言葉を探そうとするだろう。大事故間違いなしだった。
これらの言葉が、ドン底とも言える悲嘆の中では大きな負担になるなどと思いもよらなかった。
「震災とスピリチュアルケア」
こう題した8月26日の大阪太融寺での講座は、黒田先生が40度もの高熱を押しての鬼気迫る授業だった。
僕はこの講座を聴きおえて、思った。
人間、地域、そして暮らし。もっともっと日常からこのコミュニティーに目を向けて、さりげなくどこにでも入って行けるような、やさしくてやわらかな心を持った人にいつかなりたいと。
それからしばらくして、神戸新聞より「黒田さん島根へ闘病へ」という記事を目にする。
「黒田さんは8月中旬に体調が悪化。肝臓がんと診断され、同28日に西宮市の明和病院に入院した」
うそ!僕たちの講義の直後じゃないかと、ものすごく驚いた。
そして9月末に、黒田先生が亡くなったことを知る。
信じられなかった。
亡くなったことも、それほどの状態の中で授業してくださったことも。
激しく心が震えた。
僕たちは先生の最期の講義を受けたのだ。
発熱をおし、まさに命をかけて言葉を振り絞ってくださったのだ。
大下先生の言葉を借りるならば「いのちのスピリチュアル授業」を僕たちは受けた。
そこまでして行って下さった授業の意味を僕たちはしっかりと受け止め、実践していきたいと僕たち8期生全員が強く決意した。
この年末のTVニュースでは、黒田さんを偲ぶ会が行われ、ほんとうにたくさんの人たちが集まられ、「ありがとう」の言葉を捧げたと伝えた。
この「偲ぶ会」に合わせるかのようなタイムリーな神戸新聞の記事も、きっと黒田さん達の活動の成果だろう。
心のケアを口にせず、やわらかなコミュニケーションでその人のLIFEすべてをケアし、そして結果的にそれは心のケアに繋がる。
そんな黒田先生から教えていただいた「災害看護の精神」を、僕は忘れない。
たった一日の出会い。
だけど、僕の中にとても大きな存在として黒田裕子先生が刻まれている。
「ありがとうございました。」
感謝。
山地 弘純
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