「こんにちわー」と道端で一緒に休憩したお遍路さんに努めて明るく声を掛けたつもりだった。 僕の挨拶への返事はなく、じっとこちらを見据えると、ボソっとつぶやくように言った。「いいお袈裟ですね。でも格好ばかりよくてもダメなん…
専修学院での修行でなまった体が慣れるのには時間がかかり、相変わらず眠れないことも多く、それがなにより辛かった。 厳しい遍路転がしという難所を歩いていると足が靴ずれを起こしてしまい、足裏は血マメでいっぱいになったこともあ…
資格を取ったからといって、一人前のお坊さん面してやっていくのは無理だ。 何もかにも自信がない。経験を積めば、僕でもそれなりのお坊さんになれるのだろうか。 そんな僕の脳裏に焼き付いて離れない友達との会話。彼はやる気に満…
え~?あの弱かったダイエーホークスが初優勝したの~? 嘘~。サッカーワールドユース日本代表が準優勝? 世の中の流れは速く、まるで浦島太郎だ。はやりのファッションも、音楽も、芸能人もわからない。売店で買ったスポーツ新聞…
極寒の中、いよいよ修行は最終段階に入る。今まで使ってきた壇を片付け、代わりに護摩壇を設置した。この加行の総仕上げの時が来たんだと気持ちが高ぶる。 護摩の行法は一座が4時間くらいかかった。三座勤めると12時間。一日の半…
起床、朝の行法(約3時間)、朝勤行(おつとめ)、下座行(そうじ)、朝食、休憩、伽藍参拝、昼の行法(約3時間)、昼食、、休憩、夕の行法(約3時間)、夕勤行(おつとめ)、夕食、休憩、施餓鬼、就寝。おおまかに言うと毎日がこの…
睡眠薬が残り一錠になった時、僕は切羽詰まって寮監さんに懇願した。「すいません。薬をもらってきてください。」 しかし、寮監さんは首を縦に振らなかった。「お前はまだ薬に頼っとるんか。お前は信者さんで不眠症に悩んでいる人に…
夜が来るのが怖かった。また深い闇に飲み込まれ、自分の心臓の音と闘わなければならない時間がくるのか。 苦しい。つらい。 今日はどうしても眠りたい。ハルシオンを飲んだ。 またやってくる、グルグルと目が回る感覚。眠りがや…
加行中は、5ミリくらいだった頭髪をT字のカミソリでツルツルに剃りあげる。 断固たる決意ができたのか問われているようだ。 この加行100日間は御詠歌もお茶もお花もない。ただ毎日ひたすら1日3座の行法を修する。 もしも途…
外部との接触を断ち、この宝寿院の中で一年間を過ごす。僕達の年代は、定員いっぱいの80名だった。もちろん試験で落ちたものもいる。 寮は2名1室の全寮制。慣れない集団生活と厳しい管理主義にとまどいながら、一日一日をなんと…