よく自分のやりたいことがわからないっていうけれど。
自分が本当にして欲しいって望んでることが、本当に自分のしたいことなのかもしれないって感じてる。
自分が本当にして欲しいってことを、同じことを求めてる誰かに向けて与えてあげるんだ。
それをしたらいつか自分に返ってくるとかそういうことじゃなくって、ただそれが自分のしたいことだからする。
そう、したいことなんだよ。
その求めてる誰かというのは、他ならない自分の投影だものね。
でも、したいって湧き上がるものがないよ。
ワクワクもないし。
いや。多分あったんじゃないかな。
一つの僕から二つの僕たちに分かれたそのときには、与えた分だけ受け取っていて、受け取った分だけ与えている、そんな愛の循環がダイレクトで感じれていたはずだから。
「自分が本当にして欲しいことが、自分の本当にやりたいこと」。
きっとそうだよね。
親からハグして欲しかった。
それならば子供に目一杯ハグしてあげればいい。
子供を通じて、自分を抱きしめるんだ。
親からもっと話を聞いて欲しかった。
それならば聞いてほしい誰かの話を気の済むまで聞けばいい。
その誰かを通じて、自分の声に耳を傾けるんだ。
全ては自分。
「あのね、ずっとこうして欲しかった。」
「うん。してあげるよ。」
コツはね、他人の中に自分をしっかりとあぶり出すこと。
夜回り先生の書かれた詩の一節が、僕は大好きなんだ。
「優しさや愛は空気
なければ生きられない
でも、ふだんは見えない
空気感じるには
手を動かせばいい
優しさ感じるには
優しさ配ればいい
愛感じるには
愛を配ればいい」
つまりね、
優しさが欲しいってことは、
優しくしたいってこと。
愛か欲しいってことは、
愛したいってこと。
寂しくて温もりが欲しいってことは、
誰かを温めたいってこと。
誰かに満たして欲しいってことは、
誰かを満たしたいってこと。
それは見返りじゃない。
自分の中で相殺され、その瞬間受け渡されるもの。
「して欲しい」と「してあげたい」はコインの裏表。
イコールだからかもしれないね。
一人パートナーシップ。
抱きしめてほしい自分を抱きしめること。
これが合ってるかどうかなんて知らないよ。
なんか言葉が久しぶりに溢れてきたから書いてみた。
いつもの「これやりたい〜!」っていう衝動とは逆の視点になるのかな。
自分のやりたいことがわからない人へ。
なにかのヒントになりますように。
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山地 弘純
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