100日加行が終わって、1~3月は再び授業やお茶、お花、御詠歌などが再開された。
加えて新たに葬式の作法や、祈祷の作法なども伝授される。
うちのお寺の行事はほとんど御詠歌をしてる人々で成り立っており、御詠歌なくしては何も始まらないと親たちから言われていたので、御詠歌の勉強は特に頑張った。
布教の授業では、自分の作った法話の原稿をみんなの前で発表する。
僕は小学校時代の思い出とともに、「お墓をつくってあげようね」という題で発表した。
あとの70数名がジッとこっちを見つめる中、話をするというのは本当に緊張する。
体が震えるのをみんなに悟られないようにしようと必死だった。
話し方も、なんだか棒読みみたいになってしまった・・・。
僕って、なんちゅうヘタレなんやろ。
それでもなんとか自分のノルマを果たして、その日の授業を終えた。
部屋に戻ってふ~っと一息ついてると、突然ハギちゃんが入ってきて、
「コウジュンさん、よかったわ~!!」といいながら両手を握ってくれた。
僕はびっくりしてしまった。
と同時に嬉しかった。
「よかったわ~、よかったわ~」と繰り返すハギちゃん。
不眠悩み、自信なんて全て喪失していた時、ハギちゃんに元気を注入してもらったこと、ずっと忘れないよ。。。
それにしても、気分的にはかなり楽になった。
時間的なゆとりも、比べ物にならない。
加行中があまりにも詰め込まれていたから・・・
相変わらず眠りには悩んでいたが、薬がなくても寝れる日もある。
残りの日々はやらされることの他に、少しは自分で目的を持ってやろうと考えた。
ひ弱な肉体に筋肉を付けようと、高窓の桟にぶらさがって毎日ケンスイをする。
友達が持ちこんでいたプロテインをもらって飲みもした。
最初は4、5回しかできなかったものが、段々と回数が増えていく。
最終的には30回ほどできるようになった。
それと声を太い声にしようと思った。
4月から毎日大声でお経を唱えて来たから、それなりに声は鍛えられて来ている。
でも自分の高い声が嫌だった。
無理に低く出し続け、潰すと言うか、ひっかかりが出るように鍛錬した。
やはり成果はある。
明らかに声質が変わってきたのを感じる。
1月、いなない。
2月、にげない。
3月、さらない。
長い一年だった。
さらに3人ほど学院を去っていったが、僕はなんとか耐え切った。
思えばいろいろあったな~。
100日行の一番みんながピリピリしてる頃の勤行の経頭で、やらかしたシュウキさん。
「むじんじょんじょん・・・」
え? みんなが顔を見合わせる。
笑っちゃいけない厳粛な場。そこを爆笑の渦に巻き込んだ。
天然素材にも程があるで。
「むじょうじんじん・・」をどうやったらそんな風に間違えれるんや~。
あとで事務所に呼ばれて怒られたのは言うまでもない。
それと写経の思い出。
5月頃、ルームメイトのヨッシーと消灯後に腹筋をしてた。
ヨッシーは太っていびきが超うるさかったんだけど、筋トレと食事制限のおかげかかなり体が痩せてきていた。
腹筋のトレーニングを終えた後、真っ暗な中ヨッシーは言った。
「な~な~、かなりお腹がへこんできたと思えへん?」
「え?暗いからわかれへんわ。」
「ちょっと見てや」
ってヨッシーのやつ、電気を付けちゃった。
カチッ☆
その瞬間、部屋のドアを勢いよくガラ~っと開いた。
寮監さんが怖い表情で立っている。
「お前ら、写経な!」
が~~~~ん。。。
なんてついてない。
ほんのちょっと電気付けたその時に、寮監さんが見回りしてたなんて・・・。
ヨッシーはTシャツをまくりあげて腹を突き出したまま、固まっている。
たいしてへこんでもいない腹がやけにその場で主張してた。
この腹が。。。
この腹のために。。。
次の日、罰則の長い長い理趣経全部を休憩時間全て費やして書いた。
僕らは写経第2
号と第3号だった。
そういえば奥の院に初めて参拝した時、アクシデントにもあったな~。
新品の下駄を履いて、カランコロンと気持ちよく歩いていたら、下駄の裏の前足が石の溝にかつ~んと当って、飛んでっちゃったこと。
帰りは下駄の後ろだけが高いから、がくんがくんしながら帰った。
結局あれから誰の下駄も壊れなかったから、僕はいきなり宝くじにあたるような確率にあたったんだと思う。
親が冬にすべらないようにと裏に付けてくれえた滑り止めのラバー。
その効果が発揮されることはなく、春、たった一度きりでその役目を終える。
修復は不能だった。。。
でも写経も下駄も今となればいい思い出だ。
そして、いよいよ卒業式を迎えた。
この日をどれだけ待ちわびたことか。
ほんとに嬉しい。
卒業証書、そして僧侶の資格、法衣の着用許可、托鉢の許可など、様々なものを授与される。
僕は重みを感じながらも、謹んで受け取った。
まだまだ春は遠い高野山。
3月の末とは思えない。
久しぶりに私服に身を通して、宝寿院の門の前に立った。
ここを出るのを思い留まったあの夜の記憶が蘇る。
よしっ!
今度は躊躇することなく歩を前に進める。
別れ際、寮監さんがみんな一人一人にエールをおくってくれる
「おめでとう、がんばれよ!」
みんなが「ありがとうございました」と述べながら、名残惜しそうにしている。
もっと長くここに居たかったとでもいうのだろうか。
冗談じゃない。
僕は出来るだけ早くここを出たかった。
門の外の空気が吸いたい。
僕はさっさと門を出て、一気に階段を駆け下りた。
下りきって立ち止まる。 振り返りはしなかった。
さよなら、宝寿院。
もう二度と来たくないや。
目をつぶって思いっきり深呼吸する。
すう~っ 、 はあ~っ
こんなに美味しい空気は今まで吸ったことないほど、全身に染み渡った。
代わりに吐き出したのは、この1年間苦々しく溜め込んでいたもの。
さぁ帰ろう、みんなの待つウチに。
肩に背負っていたずっしりとした重みが、一気に軽くなった気がした。
なんでもいいや。
とりあえず終わった。
僕は大きく伸びをすると、足早に歩き出した。
(つづく)
山地 弘純
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