「受刑者のアイドル」と呼ばれる女性デュオがいる。
フランス語で「平和」を意味する言葉からつけられたユニット名、それがPaix2。
刑に服している人たちに更生の意欲を喚起させ、元気づける音楽というものの偉大さ。そして青春のすべてを歌に賭けた、ふたりの女性の生き方に感銘を受ける人は多いに違いない。
重苦しい雰囲気のなか、ひとり一人の思いを汲み取る
今日は網走で、明日は東京。全国の刑務所や少年院で、ふたりの歌声が響く。Paix2の北尾真奈美さんと井勝めぐみさん。今年で結成10周年をむかえたこのデュオは、これまでに延べ250回以上にわたって「プリズン・コンサート」をおこなっている。
「正確には253回ですね。今は300回が目標です」 そう語るPaix2のめぐみさん。依頼があれば、全国どこの刑務所でも駆けつける準備が整っている。今でこそ「受刑者のアイドル」と呼ばれるふたりだが、プリズン・コンサートを始めた当初は、戸惑うことばかりだったと話す。
「プリズン・コンサートを始めることになったのは、地元の鳥取で一日警察署長をつとめたのがきっかけでした。職員の方から、私たちの曲が爽やかなので、刑務所で歌うとすごく喜ばれるんじゃないかと言われて。その頃、私たちはまだステージを踏む回数も少なかったし、経験にもなるということで行くことにしたんです。それで鳥取刑務所で初めてコンサートをしました。体育館のようなところだったんですが、受刑者のみなさんは整然と並べられたパイプ椅子にすわっていて、微動だにしないんですよ。それに灰色の服で丸坊主ですからね」
驚きを隠せなかった真奈美さんは、受刑者たちの視線に圧倒されたという。
「注目されるという意味ではいいかもしれませんが、雰囲気が重くて。『こんにちはー』って言ってステージに上がったんですけど、そのまま『さようならー』と帰りたくなりました」
そう笑う真奈美さんを見て、めぐみさんも同じ気持ちだったという。
「もう歌うだけで精一杯でした。シーンとした雰囲気だったので、こちらはとにかく笑顔で歌ってテンションを上げていたのを覚えています。あとからわかったことなんですけど、受刑者のみなさんにはいろんな規則があって、会場は物音ひとつしない静けさだったんです」
受刑者には『よそ見はしてはいけない』『私語は禁止』『手を顔より上にあげてはいけない』などの規則があることを知っためぐみさん。
「厳しい規則の中だから、ああいう雰囲気なんだということがわかりました。実際、みなさんひとり一人、いろんな思いで聞いてくれているんですね。回数を重ねるごとにみなさんの思いを汲み取ることができるようになってきました」
真奈美さんも、受刑者の反応を見てコンサートができるようになってきたと話す。
「できるだけみなさんの気持ちをほぐしていこうと思うようになりました。すると、だんだんみなさんの目の色や顔の表情が変わってきたんです。それだけで一体感が得られるようになりました」
受刑者との距離を縮めるために
笑いと涙の二部構成を確立
プリズン・コンサートを始めて1年ほど経ったある日。警察音楽隊とのジョイントコンサートのときに、意外な来客があったと、めぐみさんは話し始めた。
「鳥取刑務所を出所した人が、手紙と花束を持って会いに来てくださったんです。その人はこれまでに何度か刑務所を出たり入ったりしていたんですけど、Paix2のコンサートを刑務所で見て、こういう人生は終わりにしようと思っていただけたみたいで」
感銘を受けためぐみさんは、真奈美さんと共に、プリズン・コンサートの内容について深く考えるようになった。
「回数を重ねるごとにコンサートの構成が変わっていきました。受刑者のみなさんが社会に戻って頑張ろうと思ってもらうために、どうしたらいいかを考えるようになりました」
堅苦しい雰囲気の会場で、緊張を解くきっかけを作ったのは真奈美さんだった。
「山口刑務所でコンサートをしたときに、ステージに私たちを歓迎してくれる看板がかかっていたんです。受刑者のみなさんが描いてくださったものなのですが、私が『これを描いたのはどなたですか?』って聞いたんです。そしたら『はーい』という人がいて。でもかなり大きい看板だったので、『一人で描いたんですか?』って聞いたら、『ウソです』って。それで、つい私が『そんなウソをつくと、また罪がひとつ増えちゃいますよ』って言っちゃったんです。その瞬間、血の気がさーっと引いてしまって」
しかし、真奈美さんの一言に会場は大爆笑。
「それを目の当たりにしたときに、ああ、これでいいんだと。それ以来、多少のブラックジョークを入れるようになりました」
真奈美さんのことを『盛り上げ担当』と呼ぶめぐみさんは、コンサートの後半で『泣かせる話』を担当する。
「私は歌手になる前、看護師だったんです。そのときの体験を話すようになりました。看護師をやっていると、人の死にざまを見ることがあります。家族に看取られる人もいれば、ひとり寂しく亡くなる人もいるわけで。それがいいか悪いかはともかく、死にざまとは生きざまだと思うんです。そうした話をすると、涙ぐむ受刑者の方がたくさんいて、のちにいただいた感想文に、『胸に突き刺さりました』とか『自分の過去について考えるようになりました』という言葉があって、話して良かったと思っています」
ひとつのことを続けてきたからこそ
生まれる自信と希望
実際のところ、プリズン・コンサートを続けるのは、かなりの困難がつきまとう。めぐみさんは精神的にも肉体的にも辛い時期があったと話す。
「プリズン・コンサートは手弁当です。マネージャーが運転するクルマに機材を積んで、北海道でも九州でも行くわけで。岡山で歌ったあと、次の日は函館までクルマで移動することもありました。高速を走るお金もなくて、一般道を走ることもありましたし。こんなにつらい思いをしながら、いわゆるボランティア
活動をする意味があるのか。自分が元気でないのに、誰かを元気にさせることなんてできるのかなと」
真奈美さんは、女性ならではの悩みがあったという。
「ふつう、20代から30代にかけての女性は、就職とか結婚とか、いろんな経験をするじゃないですか。私たちはそういった経験をカットして歌手活動をしてきた分、かなりの葛藤がありました。あのときあれもしたかった、これもしたかったと後悔したりして、ものすごく悩んでいましたね」
苦労と葛藤を重ねながらも、続けてきたプリズン・コンサート。真奈美さんはあるときから、ふっと楽になったという。
「やめようと思った時期もあったんです。でも、ここでやめると今まで応援してくれていた人たちや、自分たちが費やしてきた年月が無駄になる気がして、もう少しやってみようと思ったんです。そのあと、なぜか楽になりましたね。気がついたら、あれ、楽しいなって」
一方、めぐみさんは、はっきりした目的があったから続けてこられたと話す。
「プリズン・コンサートを続けることで、ふたりの結束が強くなったと思います。目的もなく、ただ単に歌うだけだったら、解散していたかもしれません」
さまざまな葛藤や挫折を繰り返しながらも、ひとつのことを続ける意志と努力。
「最近読んだ本で、『継続は裏切らない』という言葉が印象に残ったんですよ。まさにPaix2はそんな感じですね」
と話すめぐみさんを受けて、真奈美さんは、
「せっかく10年もやってきたので、軸にしているプリズン・コンサートはそのままに、いろんなPaix2を見てもらいたいと思います。まずは新曲をリリースしたいですね」
と今後の展望を口にした。遠くない将来、彼女たちの新たな曲を耳にすることになるだろう。そしてそのときには、さらに成長したPaix2を見ることができると確信したインタビューだった。