それ以降、あげまん道関係の投稿は一気に減った。
妹と友達のタグ付け投稿がなくなったためだった。
妹との関係も今までとは違うステージに入り、妹が繋げてくる新しい出会いとともに、お寺を使った新しい活動も始まった。
嵐のように吹き荒れて、嵐のようにあっという間に去っていったあげまん道。
僕の毎日は、台風一過のように平穏だった。
だけど僕の中ではまだ続いていたんだよね。
あげまん道を終わらせることはまだまだできなかったんだ。
忘れもしない昨年の9月4日。
高野山で行われた前期4日、後期4日の阿字観瞑想の合宿の最終日のことだった。
前日までの僕は散々だった。
前期のつまらない講義内容に、もう後期は辞めてしまおうかというモチベーション。
おまけに風邪ひきでしんどい。
さらにもうトラウマなどなくなったと思うほどよく眠れるようになっていたのに、再び不眠で苦しむ始末。
相変わらず講習は古文の現代語訳や瞑想のやり方など上辺だけの説明に終始するものばかり。
「こんなの僕の求めてた講習じゃない。」
「こんなのじゃリアルから取り残されてしまう。」
「僧侶の存在価値なんてありはしないよ。」
僕は聞いてくれる仲間にわめき散らした。
「僧侶で夫婦問題、子育てなど身近な問題に真摯に向き合ってる人がどれくらいいるんだよ。」
「人のことにおせっかい焼いて、自分の家庭を省みてない僧侶がどんだけいるんだよ。」
「なにをそんなに焦ってるん?」
そうたしなめるように言ってくれた年配の僧侶。
僕はうめくように言葉を絞り出した。
「僕は、僕は・・・ 悔しいんです。」
自分の言葉にハッとした。
「そう、ただ僕は、自分がただ悔しいだけなんです。」
悔しい。。。
あげまん道。そして心屋塾。
夫婦問題。子育て。そんな身近な問題に向き合い、非常識的手法でそのほつれをときほぐしていく自己啓発系。
そんなやり方は違う。そんなのおかしいと必死に否定しようともしてみた。
でもできなかった。
悔しい。悔しい。悔しい。
ただ、妹が、同級生が、知り合いが、「あなたでは私の心は救えない」と去っていくように勝手に感じて、悔しかったんだ、僕は。
その晩僕は、聞いてくれるみんなの前で何度も「悔しい」って言葉を吐き出した。
思えばこれで全ての下地は整ったのかもしれない。
次の日の朝、僕は意識のチャンネルが変わる不思議な体験をした。
出会った出来事全てが、この日に通じているように感じた。
過去の整理。
得ようとしてきた知識の集約。
自分の言葉でのアウトプット。
劣等感の吐き出し。
全てが調った時が、高野山最後の日だったんだな~と、とても感激した。
僕は知らず知らずのうちに植え付けられた、「僧侶は人を救わなければならない」なんていう価値観に縛られ苦しんでいたんだろうね。
この時思ったんだ。
人を救おうとなんてしなくていい。
僕は僕らしい輝きを発信していこうって。
これ以降、あげまん道に対する僕の気持ちは本当に緩んだ気がする。
大嫌いなあげまん道。許せないあげまん道。
その顕在意識がひっくり返ろうとしている。
僕は自分の中にある、認めたくなかったその悔しさを認めることができた。
(つづく。かもしれない)
大嫌い 大嫌い 大嫌い 大好き ああん☆
山地 弘純
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