よっぴーさんまりんちゃん講演会に、残りわずかの時間で飛び込んだよ。
15時50分。あと30分ちょっとしかないってところ。
まさかまさかの運動会の二回延期でこの日に重なってしまって、もうあきらめようかと思ったんだけど、でも少しだけでも「だいじょうぶ」っていう温もりに触れてこようって思って、ハシゴした。
重なるなんてほんと残念だっていう思いが否めなかった参加する前の気持ち。
台風で運動会が伸びさえしなければ時間通りに行くことができて、準備のお手伝いやらなんやら、主催のみぃゆたちのお手伝いもできたかもしれない。
でも、講演会が終わった時には、そうかやっぱりうまく導かれてるんだなって思ったよ。
僕一人で参加してただろう場所に、妻がいて、子供たちがいて、みんなでこの場に来れたこと。
よっぴーさんまりんちゃんに、「だいじょうぶだよ」って家族みんなで背中を押してもらえたみたいな気がして、なんだかジーンとして嬉しかったんだ。
座談会の時、一人一人が自己紹介をした。
僕は、その時になんだかツラツラと浮かんできたのが心理学を学んだときの自分の心境。
ネバネバベキベキの押し付けから起こりやすいと理解した機能不全家族。
そこに理由があるかもしれない不登校。それは僧侶や教師の家庭に多いぞと言われたこと。
それって僕にもものすごく当てはまるじゃないかって、愕然としたことを思い出してた。
僕は、それに当てはまると言いながら、僕は違うぞ、僕はそうならないぞって、ネバネバベキベキをディスり続けてきたのかもしれないね。
僕が作り上げた不登校のイメージってこんな感じで、だんだん変わってきてたと思ってたけど、やっぱり自己の子育ての失敗からなるという思いが残ってるんだなって、今日振り返りながら思った。
長女がバスに乗りたくないから学校に行かないと泣きだした一学期の半ば。
そのうち掃除が嫌という理由をつけて毎日保健室に通い始めたこと。
僕自身も子供の重い空気を感じてしまって、確かに動揺もあった。
でも、まーなるようになるか。
学校に行かなくても僕くらいの僧侶にはなれるか。
僕くらいの習字の先生にはなれるか。
そんな思いが緩めてくれる部分もあった。
多分実際不登校の子を持つみぃゆがそばにいて、だいじょうぶだいじょうぶって発信し続けてくれたからかもしれないね。
そして、よっぴーさんまりんちゃんから受ける不登校のイメージはすっごく軽かったな。
小中高通わなくってもだいじょうぶなんだよ。
やる気になったらそこから大学にだっていけるしね。
そんな実体験は、きっと多くの人の勇気になっただろう。
知識で語られるより、体験からなるものを語られるって、やっぱり違うよね。
あー、短くも素敵な時間だったなー。
この講演会にあたって魂を込めた壇上の演題の筆文字も、なかなかいい感じだった〜。
線引きもなんもせず、度胸のぶっつけ書きだったのにけっこう揃ってるじゃ〜ん。
なーんて、えへへへ。自己満足。
そしてたった一時間しか参加してないのに、ゲスさを発揮して態度でかく集合写真に写り込んじゃったよ。
よかったね、みぃゆ。
主催の勇気出したね。
大成功おめでとう。
みいちゃん始めスタッフの皆さんもお疲れ様。
そしてお別れ前に撮ってもらったよっぴーさんとまりんちゃんと僕と妻と子供たちとの写真。
なんか最高だわ〜、これ。
なんか泣けるぞ、これ。
イェ〜〜ッ!
そう揃って声を出しながら、一つのフレームで一緒に強く振動してるのを感じちゃった。
たかが保健室通いくらいで、たかが学校に行かないくらいで、深刻になるなよな。そんな笑顔のメッセージを受け取ったよ。
ご機嫌な僕は、この後妻と子供たちと分かれて、フットサルにハシゴしてたので、投稿が疲れてグターッとしながらになったけど、でもなんだかんだ長文になっちゃった(笑)
山地 弘純
最新記事 by 山地 弘純 (全て見る)
- 兵庫県新温泉町飲食店テイクアウト情報☆ エール飯にご協力を!! - 2020年4月20日
- うちは現在アナ雪ブーム真っ盛り - 2020年2月20日
- 仲間が琴浦町にある「東伯発電所」の壊れた風車の視察をしてきてくれました - 2020年2月19日