自己を縮小する時は九つの月の輪をくぐる。
拡大する時はその輪を戻る。
それが九重月輪といわれる月輪観瞑想である。
まずは縮小していくのだが、右回りの螺旋をトレースしていく。
右は「水極(みぎ)」ともいい、融合性を持ちながら肉体よりももっともっと小さな個へと辿り着いていく。
自分の細胞レベルまで自己を斂観する。
チャクラは上から下の第一チャクラへと降りていく。
それゆえ突き詰める先は大地であり、母なる地球である。
これはナチュラリズムの目覚めを促す。
子宮の声という言葉も流行っているが、そこにしっかりと繋がった者は、母なる地球の声を聞けるものであり、自然にとても優しい。
ちなみにナチュラルの訳を検索してみると、「自然」のほかに「観察可能な世界に存在すること」とある。
なるほどと思う。
僕たちは生きているのだ。
そこからゆっくりと自己を拡大していく。
左回りの螺旋をトレースする。
左は「火足り(ひだり)」ともいい、一点突破なエネルギーで全体へと昇華していく。
自己のイメージできる最大限の宇宙規模まで自己を広観する。
チャクラは下から上の第七チャクラへと登っていく。
それゆえ突き詰める先は見えないものも包括した宇宙であり、一つの大きないのちである。
こちらはスピリチュアリズムの目覚めを促す。
ちなみにスピリチュアルの訳で僕が好きなものは「息吹」である。
生を越えていく超躍動感を感じる。
そしてまた自分の等身大まで戻してやる。
チャクラの出会う場所はハートのセンター。
ナチュラリズムとスピリチュアリズムの融合だ。
この自我のフレームを自由自在に縮小と拡大をしてやることが、月輪観瞑想の醍醐味である。
視点が変わると、気づきも起こる。
自我のフレームが肉体レベルで囚われたままだから、細胞レベルにも宇宙レベルにも繋がることができない。
呼吸のやり取りを行う阿息観瞑想。
そしてこの月輪観瞑想。
さらに阿という中心点発のバイブレーションを観じる阿字観瞑想。
この三部作が真言宗の瞑想であり、その内容は素晴らしいものだと胸を張って言える。
ただし、この解釈はどこにもない。
自分自身の体感に知識を当てはめたのだ。
普段は、子育てや夫婦のおちゃらけたことばかり発信しているけど、僕のプロフェッショナルは阿字観瞑想である。
イメージが難しいってよく言われるけれど、深まると意識は変性しながらも自己の覚知はとても聡明になる。
意識と身体が別々になる体験ができたことは、僕の中ではとても大きかった。
で、それができなくてもいい。
乱れた心は調うし、頭はスッキリするし、研ぎ澄まされる。
気持ちいいよ〜(●´ω`●)