失われた命がある。新しく生まれる命がある。
ほとんどの家屋が津波で倒壊した宮城県石巻市北上町の吉浜集落。避難生活を続けている奥田江利子さん(46)は、息子の智史さん(23)を失った。
地震が起きた時、江利子さんは智史さんの妻(27)と市の中心部で食事をしていた。若い夫婦は、1週間前に結婚したばかりだった。
河口に近い吉浜で働いているはずの智史さんを心配し、2人で急いで車で戻ったが、津波で道が破壊されていて進めない。車の中で一夜を明かした。
翌日、がれきを乗り越えながら数キロ歩いて、やっと吉浜に近い避難所にたどり着いた。遺体となっていた。智史さんの妻は長い間、遺体のそばを離れず、生きる力を失ってしまったように避難所で寝込んだ。
戻ってきた吉浜集落は見渡す限りのがれきに覆われ、跡形もなかった。自宅は全壊し、中にいたはずの両親や、智史さんとは年が離れた妹の梨吏佳さん(9)も行方がわからない。
約200人の集落では、津波から逃れた約50人が、唯一、倒壊を免れた寺で身を寄せ合っている。がれきから使えそうな日用品や食料を探し、支え合って生きている。
集落の人たちは、やんちゃだった智史さんをかわいがってくれた。「結婚が決まってから、本当に顔つきが男前になっとったよ」「あんたは、よう立派に育てた」。みんなで江利子さんを励ます。
江利子さんが「私はなんで、生き残ったんだろうね」とつぶやいた。「えりちゃん! これからもがんばって生きていくんよ」と言われ、江利子さんは答えた。「多くのものを失った……。だけど、私はそれでも死にたくない、死ねない」
智史さんの妻のおなかには6カ月の赤ちゃんがいる。「智史が残してくれた大切な命。私は、この子のためにも生きないといけない」
「傷がつくといけないから、仕事の時は外すね」と言っていた結婚指輪は見つけてあげられなかった。その代わり、近所の人が、めちゃくちゃに壊れていた智史さんの車から、お気に入りだったサングラスを見つけてきてくれた。生まれてくる孫に見せたい、大切な形見の品だ。
(平井良和)
【朝日新聞より抜粋】
山地 弘純
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