なぜだろう。
今回は女の子の名前ばかり考えていた。
2月3日。節分の朝に彼女は軽い陣痛が来たかもと言った。
ものすごい寒波が日本中を覆っていた。
早めに病院に向っておかないと、いざという時間に合わない。
そんな家族の心配の声から、すぐにでも連れて出たかったが、節分の行事と檀務がありすぐには動きが取れない。
いや実際切羽詰まっていれば、そんなことは言っていられないのだろうが、彼女の様子から判断して、「なんとかお昼までは我慢しててな。」という無理をお願いして、僕は檀務に出かけた。
いつもなら10分以内に着く久斗山の村。しかし峠の道は冬季間通行止めとなり、ぐるっと大回り。
雪道を1時間くらいかけて車をのろのろと走らせる。
往復2時間。その時間が果てしなく長いものに感じられた。
焦っても仕方ない、大丈夫と言い聞かせながら、いろいろと考えていた。
もし、今日生まれてきたなら、望心に続いて、節分星祭りという仏縁深い日になるなと。
ふっと子供の名前が浮かんだ。
真っ白な雪が、間断なく降り続く。
頭の中ではPaix2の歌う「いのちの理由」という曲が流れ続けている。
無事に檀務を終えて家に帰り着くと、まだ余裕がありそうだった。
よかった、待っていてくれて。お腹の子に「ありがとうな」とささやいた。
午後病院に着いて診断してもらうが、まだまだ子宮口はほとんど開いていないとのこと。
彼女は申し訳なさそうに苦笑いしていた。
陣痛も落ち着いてしまったようだ。
僕は別にそんなこと気にならなかったし、予定日の7日までには生まれるだろうと、ウチに帰ることにした。
それから、予定日の7日が来ても、音沙汰がない。
すっかりと落ち着いてしまった。
12日のいとこの結婚式も心配しながら乗り越えた。
いったいいつ生まれるんだろう。
14日は検診の日だった。
僕は檀務で、母さんが連れていってくれた。
彼女はそのまま入院することになった。
もうこれ以上お腹にいるとお産が大変だということで陣痛促進剤を使うことになったらしい。
薬を飲んでもすぐには産まれない、そう聞いていた。
「今夜のことではないで」
そんな家族間での見解だった。
14日の夜、母親がいなくて泣きじゃくる望心と添い寝して、なんとか寝かしつける。
僕もそのままうたた寝していた。
ハッと何かの音を聞きつけて目が覚めると、父さんが枕元に立っていた。
「起きてすぐに向いなさい。電話があった。生まれそうだって。」
時計を見ると深夜11時だった。
僕はぱっと飛び起きて、すぐさま病院へ向った。
雪の残る路面に気をつけながら、慎重に車を走らせる。
今回は望心の時とは違い、月も星も見えない、真っ暗な闇夜だった。
ただ車のライトに反射する真っ白な雪だけが輝きを放っていた。
鳥取中央病院に着いたのは、日付が変わったころだった。
病室で彼女は必死のうめき声をあげていた。
思い出す、あの望心の時の記憶を。
僕は同じように、彼女の手をにぎり、語りかける。
「大きく息をはいて~、ふう~~っ」
一緒に息をする。
ほんとに苦しそうだった。それでも前より上手に呼吸しているような気がした。
子宮口ももうすぐ全部開きそうとのことだった。
それからがなかなかなんだよな。頭が見えかけては消え、また出ては引っこみ。なかなか出て来なかったな~と再び過去の記憶を引っ張り出す。
「あ~これなら2時か3時くらいには産まれるかな~」という看護師さんの言葉。
いよいよ助産師さんが「いきんでくださ~い」と言った。
これから一時間くらいはかかるだろう。
僕はそろそろビデオを取りだそうかと思った。
まだまだだけど、早めに用意しておこう。
ビデオを取りに行っていいですか。
そう聞こうとした時、「あ~頭が出ましたね~」
数名の看護師さんたちの声が飛び交う。
「あ~生まれますよ~!」
「え?」
ちょっと待ってください。
このためにビデオを・・・。
そんな僕を待ってくれることもなく、小さな赤ちゃんの姿が一気にまぶたに映し出されていく。
「え、え、え」
僕は多分その言葉ばかりを連発していた。
この世に誕生したばかりの命が、看護師さんの手の中で必死にうごめいている。
え、もうですか?
前回からは予想もできないほどのスピードで飛び出した命に、あっけにとられるばかり。
看護師さんが伝えてくれる。
「女の子さん、おめでとうございます。」
彼女は体を起こし確認すると「あ」と苦笑いした。
やっぱり後継ぎを産まないとというプレッシャーも少しあるのだろう。
僕はそれがおかしかった。
でも僕も彼女も、女の子より男の子がよかっただなんてこれっぽっちも思ってやしない。
しばらくすると聞こえ始めた元気な泣き声。
あーよかった。
そう、元気が一番。
それに望心にとっては、年もたった一つしか離れてないし、妹の方がいいさ。
「ありがとうな、大変な思いをしてくれて。」
そう言いながら彼女の髪の毛をぐしゃっとした。
午前1時3分。
日付けは15日に変わっていた。
そうだ、お釈迦様の涅槃会にこの子は生まれたんだ。
望心といい、この子といい、なんと仏縁深き日に生まれてくるのだろうか。
お寺に生まれてきたこと、この子たちはどう思うかな?
僕と一緒で、嫌だって思うのかな。
だけどね、今僕が思うのは、お寺に生まれてきてよかったってこと。
仏様に抱かれて、導かれて、それを感じながら進むことはすごく幸せだってこと。
お寺生まれじゃない彼女をお嫁さんにもらって、そして君たちがうまれた。
それにはきっと理由がある。
望心に続く新しい命。
ようこそ赤ちゃん。
僕と奈美を選んで生まれてきてくれてありがとう。
夜明け前、今日行われる涅槃会のために家路についた。
本当はまだまだついていてやりたかったけど、この子が生まれてきたこの日を輝かせるため、僕はおつとめをみんなとしなければならない。
この日の空を撮りたくて、居組回りで帰った。
真っ暗な空から白む時まで、ずっと海を見ていた。
この日は少し雨が降っている。
だけど、とても素敵な朝だった。なんとも心地よい朝だった。
ウチに帰ると、相変わらず大雪に埋もれている。
降り積もった雪はどこまでも真っ白く、Paix2の歌う「いのちの理由」を奏で続ける。
「私が生まれてきたわけは 父と母とに出会うため
私が生まれてきたわけは きょうだいたちに出会う
ため
私が生まれてきたわけは 友達みんなに出会うため
私が生まれてきたわけは 愛しいあなたに出会うため
春来れば花自ずから咲くように 秋来れば葉は自ずから散るように
しあわせになるために 誰もが生まれて来たんだよ
悲しみの花の後からは 喜びの実が実るように
私が生まれてきたわけは 愛しいあなたに出会うため
私が生まれてきたわけは 愛しいあなたを護るため」
そう僕たちは君に会うために生まれてきたんだ。
この気持ちを君の名前に捧ぐよ。
「山地真由」
どこまでも透き通った心で、だれかのよりどころとなれる優しい人でありますようにという思いを込めて。
望心と真由。
それは僕と奈美の生きる希望であり、僕と奈美の生まれてきた理由。
二人のこと、大切にするから。
ずっと、ずっと・・・。
涅槃会アナザーストーリー (完)
山地 弘純
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