睡眠薬が残り一錠になった時、僕は切羽詰まって寮監さんに懇願した。
「すいません。薬をもらってきてください。」
しかし、寮監さんは首を縦に振らなかった。
「お前はまだ薬に頼っとるんか。お前は信者さんで不眠症に悩んでいる人に対して、薬に頼れって言うつもりか。薬に頼るなって言わなきゃならん立場じゃないのか!」
そう強い口調で言われた。
その通りだ。
そんなのわかってる。
僕だって薬になんて頼りたくない。だけど・・・。
押し黙った僕の様子を部屋の隅で見ていた幹事の本王院さんが口を開いた。
いつも強面な表情と口調で、威厳があり、まるで不動明王様のような人だ。
笑ったところなど、見たことがない。
きっと、さらに厳しく叱責されるだろう。僕は首をすくめた。
だが、相変わらずの厳しい口調とは裏腹に、かけられた言葉は意外なものだった。
「眠れないというのは、本当に苦しいんですよ。実は私も若い頃眠れなくて苦しい思いをしたのでね。よく気持ちはわかるんです。時期がくればまた眠れるようになるはず。どうか薬をもらってきてあげて下さい。」と、幹事さんは寮監さんに薬を取りに行ってくれるようにお願いしてくださった。
えっ?僕は信じられなかった。
こんな威厳があって、幹事とい要職にまで就き、強き人というオーラを放っている人が、過去に不眠症に悩んでいたなんて。
それで僕の気持ちまでわかってくれるなんて。
嬉しくて胸がジーンとした。そしてなんだか心強くも思えた。
後日、寮監さんから薬を受け取った。
ほんとにありがたかった。
ただし、ハルシオンは診察に来ないと出せないとにことで、もう少し軽い薬をもらった。
すでに2名が専修学院を去っていた。
しかし頑張る力をくれる人たちもいる。
ある日、K先輩が突然事務所から放送で呼び出され、幹事さんと寮監さんに囲まれる中、悲しい事実を告げられた。
「実は、君のお父さんが亡くなったと連絡があった。」
きっと、脳天をかち割られたような衝撃だったに違いない。
「どうするのかは君の判断にゆだねるしかない」
幹事さんのその言葉に、先輩は、
「残ります! 最後まで修行をつづけます!」
と号泣しながら答えたそうだ。
入学する前に、親の死に目にも会うことができない覚悟をもしとくように言われてはいるが、実際そうした場面に直面したらどんなに辛いことか。
それは想像を絶するものだろう。
少し真面目さに欠けるように見えていた先輩。しかしその後ぐっと引き締まった表情で熱心に取り組んでいる先輩の姿勢を見ていると、すごいな~と思うと同時に、今頃お葬式が行われているんだろうな~と思うとなんだか切なかった。
ほんとにみんないろいろと抱えている。
夜中に持病のてんかんの発作を起こしたものもいる。
アトピーがひどくなって苦しんでいる人もいる。
苦しいのは僕一人じゃない。
幸い、僕の不眠もピークを越えた。
薬を飲めば3時間くらいは眠れるようになっていた。
とにかく行けるまで行こう。
そう思うことで何度も何度も押し寄せる不安と闘った。
山地 弘純
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