夜回り先生のお話を聞いた一ヵ月後、彼はやって来た。
心に闇を抱えた一人の少年。
家族みんなで不安ながら受け入れる決意をした冬の日。
停学中の中学3年生の彼を、僕一人で湯村温泉のバス停に迎えに行った。
とっくに着いた特急バスから降りて、ベンチに腰掛けていた少年。
やや中学生にしては大人びていて、とび職の親方のような驚くほどダボッと膨らんだズボンをはいていた。
ぎこちないあいさつと他愛もない会話をしながら、僕は車を運転する。
彼も僕も、ぼそぼそっとしゃべった。
だけど、不思議とその時間が苦痛というわけではなかった。
お寺に帰ると、家族みんなが出迎えて、それぞれ自己紹介をした。
住職が言った。
「今日からウチの家族だ。 お父さん、お母さん、おばあちゃん、おにいちゃん、おねえちゃんって呼びなさい」
そんなん呼ぶかいな。
僕はそう思っていたし、実際彼もそう呼ぶことはなかった。
うちのお寺を紹介した学校の先生から噂を聞いていて、みんな初めは警戒しているようだった。
早速トイレから立ち込めるたばこのにおい。
どうなるんだろう、いったい僕たちの生活は。。。
しかし、そんな不安はあっという間に薄れていく。
思いがけない豪雪を、汗をかきながら雪かきをした。
お正月を控え、年末の阿弥陀堂の手を凍らせながた大掃除した。
朝のおつとめ。
夜のお施餓鬼。
一緒にご飯を食べ、一緒にこたつにあたった。
お寺の生活を、ただ一緒に過ごした。
意外なほどの素直さに、僕たちは拍子抜けするほどだった。
暴力の「ぼ」の字もない。
寡黙で、大人しい少年だと思った。
猫をかぶっているのかな~。
そう思ったこともある。
だけど、実はこっちが本当の姿なんじゃないのかって、そう思えて仕方なかった。
ただ、たばこは相変わらず吸っているようだ。
彼は闘っていた。自分の心と。
吸うだけじゃない。
自分の肉体にたばこの火を押し付けているようだった。
きっとどうしようもなく内面から湧き上がるイライラや苦しみから逃れるために。。。
わずかな期間だった。
ハチはまた都会に戻っていく。
帰る前、湯村温泉の観光につれていった。
二人で足湯につかりながら、彼は言った。
「いいところですね」
「そんじゃ住むか?」
彼は首を振った。
「いえ、遠慮しときます」
僕は餞別に腕輪念珠を彼に渡した。
「僕もイライラすることとか、どうしようもなくなるときがあるよ。
これはね、四国遍路する時につけて回った大切な念珠。
これをハチにやるよ。
腕につけときな。きっと癒してくれる力になるから。」
彼はありがとうと言って念珠を左の手に着けた。
彼に住職を始めうちの家族はどうしろとか、なにも言わなかった。
もちろん僕もお説教するつもりもなかった。
ただ、バスに乗り込む彼に僕は一言だけ言った。
「ドラッグにだけは手を出さないでくれよ。」
彼は笑いながら言った。
「大丈夫です。」
(つづく)
山地 弘純
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