彼を見送りながら、僕はなんともいえない感慨に浸っていた。
なんだか夜回り先生になった気分ででもいたのだろう。
自分自身を勘違いしてしまっていたなと、後になって思った。
その後彼の先生から話を聞いた。
「腕輪念珠をもらったって喜んでいましたよ。
おにいちゃんからもらったって」
僕は驚いた。
彼がおにいちゃんって僕を呼んでいたことに。
ほんとに嬉しかった。
しばらくして、彼から中学を卒業して働き始めたとういう手紙がきた。
手紙の中に包んであった3000円のお供え。
「初めてのお給料です。お供えしてください」
彼の手書きの文字を何度も読み返しながら、みんなが感激した。
彼は変わったということだった。
その後の学校での態度も、卒業してから仕事に通い始めた姿勢も。
やっぱりお寺に行かせてよかった、先生やお母さんから電話や葉書をもらった。
僕たち家族も満たされた気分で一杯だった。
全てが順調に進みゆくと思われた矢先。
あの事件は起こった。
彼が薬物中毒で道に転がっているのを警察に見つかり、補導された。
そんな知らせを聞いた僕たちは、信じられなかった。
なんで。
彼は立ち直ったんじゃなかったのか。
彼の笑顔を思い出す。
「大丈夫です」と言った時の彼を。
だけど彼は間違いを起こしてしまった。
考えてみれば、わずかな間一緒に過ごして、一気に彼の闇が晴れるわけもなかったんだ。
ずっとこの善住寺のような自然の中にいれるわけでもない。
都会の喧騒の中で、彼は苦しんでいたに違いない。
更生施設にどれだけいたのか知らない。
彼は無事に出所し、再びやり直し始めたとのことだった。
彼に出しても帰ってくることのない手紙やハガキ。
それでも彼の母親から時々近況を語る手紙が来る。
家族で乗り越えていきたい。
そう書かれていた。
会いにいきたいと思ったこともある。
なんでそれをしなかったのだと後悔することもある。
だけどな、ハチ。
ずっと僕たち家族はな、君のことを思い出しては心配してるんだ。
君が僕らに後ろめたく思ってるんだとすれば、そんなの気にしなくてもいいよ。
今年の年賀状にも書いたけどさ、またぜひ訪ねてきてくれよな。
みんなで待ってる。
夜の闇は、次々と若者を飲み込んでいく。
どこに向うのか。
何を求めるのか。
ハチのことがあってわかった。
抜け出すことは、そんなに甘いものじゃないんだと。
想像以上に、日本中には人々の苦しみを餌に群がる悪い誘惑がはびこっていて、それを一人だけで逃れるのはとても難しいことだということを。
どれだけ苦しいんだろう。
どれだけ寂しいんだろう。
わかってあげられなくて、ごめん。
「葬式だけの坊主になるな。
ちゃんと向き合え」
そんな声が世間から吹く風の中に聞こえる。
僕にできることが何なのかはいまだにわからない。
それでも向き合いたいと思う。
どんなに怖くても。
そして伝えたい。
愛のある場所を。
(完)
山地 弘純
最新記事 by 山地 弘純 (全て見る)
- 兵庫県新温泉町飲食店テイクアウト情報☆ エール飯にご協力を!! - 2020年4月20日
- うちは現在アナ雪ブーム真っ盛り - 2020年2月20日
- 仲間が琴浦町にある「東伯発電所」の壊れた風車の視察をしてきてくれました - 2020年2月19日