僕は留まることができないって思ってた。
僕は変わらなきゃならないって思ってた。
心も体も変わってないようでいて刻々と動き続けていて、世界も動き続けていて、ふとその無常を強烈に感じた時、それに対してなにもできない無力感や置いてけぼりにされそうな焦燥感を感じることもあった。
「ただ宇宙の流れに身を委ねて生きるだけ。」
その言葉はいつも僕のそばにあったし、自分を見ないようにして、感じないようにして、仕方ないことと宇宙の流れを受け入れてきた気がする。
軸を宇宙に、いや自分以外に置くことで、あきらめてきたんだね。
だけど、この2年ほどの激動のような不思議な出来事と、それからあぶり出される強烈な自分との向き合いの中で、僕は意識の軸を自分中心に持っていくことに導かれていった。
妹を介して繋がったあげまん道のちゃみさんの流れ。
みぃちゃんを介して繋がった陰陽統合のシャンタンさんの流れ。
この二つの潮流の波が僕に覆い被さってきた。
「自分を見ないふりしないで。綺麗事喋ってるだけじゃなくて、実践して。自分の心の嘘を見破っていって。ちゃんと感じて。ちゃんと言葉にして。自分の体験から感じたことを自分の言葉で表現して」って。
僕は今まで、「思う」と「感じる」の区別もつかなかったんだ。
過去の文章見てても適当に使ってた。
僕は、頭にふわっと浮かんだことを「思う」に、身体にちゃんと響きがあったことを「感じる」に、丁寧に書き分けていくことが、自分自身が最初に始めた作業だったね。
いつしかそれをちゃんと見てくれる人が集まってきて、僕の心に描いたワクワクを、勝手に現実のものにしてくれるようにもなってきた。
出雲でちゃみさんとのコラボお話会が実現しちゃったりね。
あの日最後に主催の八月さんから「僕とちゃみさんのこれから」を聞かれた。
二人が同じように答えたね。
僕は「今を大切にしていたら未来の方から扉が開くような気がする」って。
ちゃみさんは「今まではお金や物を使って満たされた気持ちを味わおうとしてきた。今度はこの満たされた気持ちがあれば、それが現象化されるという新しい生き方へのシフトをしていく」って。
そうなんだよね。
本当の僕は留まれる。
本当の僕は変わらない。
その上にかぶる肉体が変わりゆくとしても。
そこから表れる心が変わりゆくとしても。
気分、感情、思考、それさえも表層。
周りの人たちが変わりゆくとしても。
地球の生命の営みが変わりゆくとしても。
僕の中心点は変わらない。
僕は僕自身を見守り続ける。
体験は通り過ぎていく。
僕はそれを僕の肉体を通しながらめいっぱい味わうだけ。
今までの僕は過去から未来があって、それに自分が合わせて動くと感じていた。
逆立ちして世界を見た今の僕は、ただ今ここにいる「わたし」があって、時がそれを通り過ぎていくと感じている。
未来が過去へと、ただ「わたし」の上を雲が通り過ぎていくかのように。
いつまで過去の体験を見てるの。
まだ来ぬ未来の体験を見ようとしてるの。
見るのは「ただ今」の自分のハートだよ。
主体を自分にもってくることができた僕は、自分の気分を大切にし、自分の感情を大切にし、自分の思考を大切にし、自分の肉体を大切にし、愛おしくそれを見守ることができるようになってきている。
誰の命?
僕の命。
僕が僕自身を見守ることだけをやめなければいい。
僕自身から目をそらさなければいい。
僕、そしてハートのフィルター、そしてそれを通す体験。
満たされた僕が、今ここにいる。
するとやってきた体験が満たされて通り過ぎていく。
温かい僕が、今ここにいる。
するとやってきた体験が温まって通り過ぎていく。
安心できるようになった僕が、今ここにいる。
するとやってきた体験が安らかに通り過ぎていく。
どんな僕のハートを通すのか。
現象は自由自在に色付きを変える。
だからこそ、まず自分。
どうやってそれを満たす?
やりたいことをやる。
それだけ。
山地 弘純
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