今日法事から帰ってみると、ほんとに懐かしい来客があった。
彼とは幼い頃、よく家族ぐるみで遊んだ。お互いのお寺に行き来したり、一緒に旅行に行ったり。
あれはいくつの時だったんだろう。
う~ん、多分彼が3才か4才くらいの頃のこと。
難しい「百字の偈」というお経を、水子地蔵苑の前で高らかに暗唱する彼の姿。
それは今でも僕の記憶にしっかりと焼きついている。
5つ年上の僕はなにかしらの衝撃を受けたんだろうね。
彼に負けないようにと思ったか、彼のように難しいお経を暗唱しているのが純粋にかっこいいと思ったのかはわからないんだけど、僕も一生懸命お経を暗記しようと頑張ったっけ。
それからお互いのお寺が忙しくなったからなのか、ただ単にタイミングの問題だったのか知らないけれど、一緒に遊ぶこともなくなっていった。
時が経ち、たしか僕が大学の時だったと思うけれど、僕にとっての僧侶エリート的な存在でもあった彼が、僧侶になることを拒絶したという話をうちの家族から聞いた。
「人が死ぬのを商売にするような職業には絶対に就きたくない!」
彼が実際どういうニュアンスで言ったのかはわからないんだけどね。
ただ僕のところにいろんなところを経由して届いた時にはこういう言い方になっていたはず。
後を継ぐことを周りから決められていていることに「それでいいのか」とささやくマインドと日々向き合い、胸をはって「自分で決めたんだ」って言えなかった当時の僕にとって、さらに迷いを深める言葉となった。
その言葉に同調してしまった僕は、ドツボにはまってしまったのかもしれないね。
その辺りは7年前に新聞連載していたコラムにも書いてる。
「なんのために僕はお坊さんになるんだろう。
一体お坊さんになることに何の意味があるんだろう。
お坊さんという職業に、どんな祝福があるんですか?
それとも祝福のない職業を、やっていかなければならないんですか?
誰でもいい、教えてほしい・・・。」
そして長い年月が流れた。
お互いいろいろあったよね、きっと。
おおよそ30年ぶりぐらいの彼との再会。
住職になってすぐのこのタイミングで彼と再会できるなんて、なんという素敵な宇宙の采配だろうと、今日はしみじみと感じてる。
彼の顔を見ながら僕の中に湧き上がってくる言葉。
それは彼に伝えたいんじゃなくて、自分に語りかけたかったもの。
僕はもう迷わないよ。
自分で決めたのだから。
僧侶ってね、人の死という大きな節目に立ち会える素敵な存在だということを今は感じているから。
そしてそこにお金が介在してくるとしても、僕はなんの引け目もない。
このお寺という場所をお金の手放しの場に選んでいただき、それを僕は受け取り、そしてこの魂の祀り場所を守って行くこと。
それはとても誇らしいよ。
最後に握手して、彼に伝えた。
「お互いに自分の道を胸張って進もうな」って。
お寺に生まれ、継がないという道を選んだ彼。
お寺に生まれ、継ぐという道を選んだ僕。
これもまた、陰陽統合。
二人で一つだね。
君は僕にとって、大きな存在。
お寺を継ぐにあたっての欠かせないピース。
またまた僕の「今」に繋がる物語の伏線を回収できたよ。
ありがとう。
山地 弘純
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