加行中は、5ミリくらいだった頭髪をT字のカミソリでツルツルに剃りあげる。
断固たる決意ができたのか問われているようだ。
この加行100日間は御詠歌もお茶もお花もない。
ただ毎日ひたすら1日3座の行法を修する。
もしも途中で脱落してしまった場合、その続きからやるというわけにはいかず、また一からやり直さなければならない。
僕はこの100日の修行に入る前から眠れなくなった。
消灯時間は夜の9時。
起床時間は朝5時。
夜は果てしなく長い。
眠ろう眠ろうとすればするほど目は冴え、胸がドキドキ高鳴る。
不安、緊張、自分にかけたプレッシャー。
そして、見つからない自分。
何日も眠れない日が続くと、肩はガンガンに張り、首筋にぐりぐりができ、まぶたはものすごく重い。
呼吸は浅くなり、食欲もなくなってくる。
苦しくて、辛くて、ついには寮監さんに訴えると、空き時間を見て高野山病院へ連れて行ってくださった。
出された薬は睡眠誘導剤「ハルシオン」。
不眠症初心者にはけっこう厳しい薬だそうだ。
その夜さっそく飲むと、ぐるぐると目が回るような感覚で眠りに誘われていく。
多分3時間ほどは眠れただろう。
しかし、何日か置きにハルシオンを飲んだが、いっこうに睡眠は改善されない。
薬を飲まない日には、ほとんど一睡もできなかった。
加行はより一層濃密になっていく。もう後戻りはできない。
長い長い夜、きつくぎゅっと瞼を閉じて羊の数を数えてみたり、大きく腹式呼吸をしてみたり、大好きなサッカーのことを考えてみたり、楽しかった思い出をたどってみたり、はたまた何も考えないようにしてみたり、必死に眠ろうとしていた。
左右に何度も寝返りをうち、何度も時計を見てしまう。
12時・・・。1時・・・。2時・・・。3時・・・。4時・・・。
これがいけないのだろうが、ついつい目が行く。
悪循環に陥ってしまった。
早く眠らなきゃ、明日体がもたない。
早く眠らなきゃ、
早く眠らなきゃ。
1日はあまり長く、なかなか過ぎていかない。
24時間とはこんなにも長いものなのか。
ましてや100日など、気が遠くなりそうだ。
僕はいったいどうなってしまうんだろう。
先の見えない不安を思うと、一層心臓が跳ねる。
ドックン、ドックン・・・。
破裂しそうだ。
心臓を左手で押さえ、きつく体を丸めた。
静まれ・・・。静まれ・・・。
カーン、カーン、カーン。
5時、半鐘の音が朝の空気を切り裂くように鳴り響く。また眠れずに朝を迎えてしまった。
布団から出たくない。
体が重く、動かすことが苦しい。
なんとかフラフラと立ち上がり、布団を押入れに押し込み、洗面台に向かう。
出るのは生あくびばかり。
体の奥の方から出てくる深いあくびが何故来ないんだろう。
鏡に映る目の下のクマをかき消すように顔を洗う。
そしてすぐさま衣に着替え、行法に向かった。
山地 弘純
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