西宮のお宅に法事でお参りした。
生まれたばかりの赤ちゃんがいて、同じくらいの子を持つ親として、なんだかいろいろなことに共感できる。
ますます家が明るくなられた感じがした。
まだ6カ月の女の子。
その小さな手にかけるようにと、お父さんとお母さんが数珠を作ってあげていた。
あまりに可愛くて、僕も嬉しくなったので、急遽法話の内容を変えて、数珠についてお話した。
弘法大師さまはこのようにおっしゃっている。
「数珠を持てば善意が生じ、剣をとれば殺意が生じます。これはだれだってそうなのです。ですから環境というものは大切にしなければならないのです」
私たちをとりまく環境は、あまり好ましいとはいえない。
毎日のように人を殺したというニュースが流れ、たくさんの悪い誘惑にあふれる、殺伐とした世の中である。
たとえて言うなら、剣がそこら中にまき散らされているような環境といえる。
剣は危ないのでもってはいけません。そんな中で言ったとしても、それはあまりに難しいことである。
それよりも数珠がたくさん周りにあって、誰もが手に取りやすい環境作りをしていくことが大切なのだと思う。
数珠は左の手に掛ける。
なぜ左の手なのか。
右手は仏様の手。
左手は衆生の手。
そう言われている。
インドでは古来より右手は食事をする手、左手はトイレで用を足す手と区別され、今でも厳しく守られているそうだ。
私たちの心には美しい心も醜い心もある。
美しい心を右手に表し、仏様の手。
醜い心を左手に表し、我々衆生の手。
醜い我々の手である左手に、清らかなる数珠を掛け浄化する。
数珠を掛けることにより、仏様と心をつなぐ準備は整った。
そして右手と左手を静かに重ね合わせる。
そう、仏様と一つになることができるのだ。
それが合掌の心。
合掌をすると仏様の世界を感じることができる。
仏様がそばにいてくださる温もりを感じることができる。
数珠には素晴らしい力がある。
自分を変える力。
戒める力。
守ってくれる力。
正しい道へと戻してくれる力。
そう、おのずから善意が湧き出してもくる。
数珠が身に付けられている限り、行く道に光が照らされるだろう。
どうか願わくば、この小さなこの手に、捨て去られることなく、ずっと数珠があり続けますように。
山地 弘純
最新記事 by 山地 弘純 (全て見る)
- 兵庫県新温泉町飲食店テイクアウト情報☆ エール飯にご協力を!! - 2020年4月20日
- うちは現在アナ雪ブーム真っ盛り - 2020年2月20日
- 仲間が琴浦町にある「東伯発電所」の壊れた風車の視察をしてきてくれました - 2020年2月19日